20歳で借金〇億円!阿部寛がブレイクするまでの過去エピソードが地獄すぎる

過去俳優, 阿部寛

阿部寛

 「トリック」から「テルマエ・ロマエ」まで、数々の代表作をもつ俳優・阿部寛。
 プライベートでも2008年には結婚し、2012年には二児の父となるなど順風満帆そのもののですが、彼がブレイクするまでの壮絶エピソードはあまり知られていません。

 テレビからも干され、デビュー直後から数億円にものぼる借金を抱えてしまった彼が、年収数億円になるまでの人生を追ってみました。

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二十歳そこそこで億単位の借金

 阿部寛が芸能界にデビューしたのは1983年のこと。
 優勝賞品の車ほしさに「ノンノボーイフレンド大賞」に応募し、見事優勝して以降、ノンノのモデルとしてカリスマ的人気を誇っていました。

創刊号から43号まで連続表紙

を飾っちゃうあたり(※ギネス記録)、人気絶頂ぶりが伺えますね。

 そんな折、彼が知人に紹介されたのが不動産投資でした。
 当時はバブル経済のまっただ中で、「不動産は買えば上がるもので極力借金してでも買うべき」というのが常識だった時代です。

 誰でも100%融資が受けられた時代だったこともあって、阿部寛は借金をしてまで投機にのめり込みますが、ほどなくしてバブルが崩壊。
 かくして、大卒程度の年齢で数億円という借金を抱えてしまう結果となります。

 さらに、追い打ちを掛けるように自身の人気も低迷。この時はまさに「この腐敗した世界に堕とされた」という心境だったことでしょう。

地獄の始まり

 多額の借金を抱え、モデルでも食えなくなった阿部寛は、俳優業に道を見出します。
 しかし、そう簡単には行かず190cmという高い身長と堀の深い顔立ちがネックとなり「主演だと女優と絵的に凸凹になってしまい、脇役だと主役より存在感が出る」と、こちらでも仕事には恵まれませんでした。

阿部寛と深津絵里
深津絵里

 借金返済どころか生活さえも困窮した阿部寛…そんな彼の生活を支えていたもの、それはパチンコでした。
 と言っても、単にハマってしまったわけではなく生計を立てるいわゆるパチプロ、スロプロといった類のもの。かなりやりこんでいたようで、借金の一部さえもパチンコで返済したとか。

--俳優として食べていけない時期はパチプロとして生活していたと聞きましたが

「月に15万円。1年半続けました」

--当時の台選びのコツは

「完全に釘ですね。特に道とヘソ。それと止め打ちができたんで…。こういう話をどこかで話しても全部カットされてました。専門的になりすぎて、地上波向きじゃない話が多いですね、僕は」

--もしもそのまま続けていたらと考えたことは

「パチスロは無理だけど、パチンコなら今でも同じくらいイク(稼げる)んじゃないですかね」

--今までで一番負けたのは

「忘れもしませんね。25万円がスロットでその日に無くなった」

--現在プライベートでは朝イチで並んだりは

「それやってしまうと“仕事”になってしまうんで。空いた時間に空いたホールで、ストレスをためずに楽しみたい。打つのはミドルですね。マックスはなかなか当らないし、当っても連チャンしなきゃというプレッシャーがでかいし」

パチンコ公論より

 とはいえ、ホールに190cmの阿部寛がいれば、当然すぐにバレてしまうわけです。
 周囲の目にも耐え、生活のためにひたすらパチンコを打ち続ける日々は実に3年間にも及びます。

再ブレイクのきっかけ

 仕事もなく、ただただ生活のためにパチンコを打ち続ける日々…。
 そのあまりの低迷ぶりに「あの人は今!?」からお呼びがかかってしまうのですが、これが彼の転機となります。

 完全に"過去の人"扱いされたことに彼は一念発起、これを気に名前のない役からバイセクシャル役まで、どのような役柄でも選ばず受け始めます。

 しかし、その甲斐あって単なる二枚目俳優ではなく演技力も兼ね備えた実力派として少しずつに認められ始め…デビューから17年、ついにこの作品で再ブレイクを果たします。

TRICK(2000年)

 その後、「HERO」や「結婚できない男」などの代表作に出演し、ブレイクからさらに7年、ついに2007年頃に借金を完済します。
 デビュー直後から20年間に渡ってようやく完済した借金、彼の気持ちがわかるのは島倉千代子ぐらいなものでしょう…。

 現在の彼は"年収数億円"とも言われ、2008年には結婚、長女と次女を儲け二児の父になるなど順風満帆そのもの。
 業界でもネットでも「紳士的で謙虚」と評判ですし、ぜひ幸せになってほしい芸能人ですね。

ホント芸能人ってぶっ飛んだ話が多いですね。
麻生久美子